ツアー参加者の声
過去のJPCom主催ツアーより
| ☆『スタディーツアーINフィリピン〜前半の三日間〜』 今回はスタディーツアーでそして初めてフィリピンに行ってきました。スタディーツアーに参加した理由として、今までに参加したことがなく、行き先が海外であること、ホームステイの企画があること、メインがボランティア活動であることなどのツアーの内容に魅かれて参加しました。また、これから留学する上でこの経験は絶対的なものになると思ったからです。個人的な考えとして、経験は人を少しばかりか大きくします。「聞く」より「見る」「体験する」が一番だと思っています。これらが参加した理由です。 あまり人と積極的に接する方でないことや、人見知りが激しい方なので、初日の顔合わせは緊張でした。そんな緊張をほぐしてくれたツアーの主催者は今考えると凄い人柄だなと思います。今では人と関わることに抵抗が減りました。 目的地の村までの道のりがかなり長かったのでとても大変で、疲れました。が、それだけではありませんでした。今思うとこれも意図的な計算のように思えます。この長い移動時間に、ツアーのメンバーとのコミュニケーションができ、村に着いた時にはその日の朝に初めて会ったとは思えないくらいになっていました。今回行ったメンバーの中には学校で同じクラスの子もいたのですが、「話はする。」の仲だったのが、道中にたくさんの会話をして、とても親しい人になりました。ほかのメンバーとも会話をたくさんしました。自分はこんなに人と会話できる人間なんだと驚きました。 村は日本とは程遠い生活水準で、電気、水道、ガスの整備は全く整っていませんでした。その中でも電気だけは唯一通っていて使うことは出来るのですが、街灯などの設備などなく、ついた時間も遅かったので村は真っ暗でした。しかし、村の住人の出迎えはとても温かいものでした。こんなにも日本と違い、私たちの視点から見ると苦しい生活のはずなのに、村の人々の顔は日本で同じような年の子どもの顔に比べ、活気に溢れ、笑顔の絶えない顔でした。言葉もまだ交わしていない私たちが笑顔で向こうから寄ってくる光景は日本では滅多に見ることが出来ないだろうとその時感じました。 村では夕食のおもてなしがありました。初めて見る料理ばかりでしたが、とてもおいしいものでした。フィリピンの公用語のタガログ語ではおいしいことを、「マサラップ」と言います。その夕食の席で村人に教えてもらいました。夕食後は各自ホームステイの家族に連れられて家に行きました。村人はみんなが温かく、家に移動するときに、重たい荷物を持ってくれました。今日会ったばっかりの見ず知らずの人にこんなにしてもらえるなんて、とその時も感動してしまいました。 村の生活水準が低いと実感させられたのは、トイレとお風呂です。村にトイレはあるのですが、水洗ではなく、日本でいう昔の「ぼっとん便所」に近いものでした。用をたいした後は紙では拭かず、井戸水を汲んできた桶があるのでそれでおしりなどを流します。もちろん便などもその水で流します。またお風呂ですが、お風呂というものがなく、体を洗える個室があり、そこに井戸水を汲んできた桶をおき、その水で体を洗うのです。もちろん、お湯なんてものはなく、すべて「水」です。最初は抵抗がありましたが、すぐ慣れました。慣れてみると村での生活もすごく楽しく快適でした。ただ、「蚊」と「蠅」が多いのは最後まで苦戦しました。「蠅」の方は割りとすぐ慣れたのですが、やっぱりどこに行っても「蚊」だけは慣れないものだなと実感しました。 滞在中に村の小学校を訪ねました。生徒たちはみな元気いっぱいで、日本とそんなに変わらないような気がしました。しかし中には週に二日学校に行ければいい方だと言う子も居るし、全く学校に行けない子も村には大勢いると聞きました。友達同士仲がいいのに、一人は学校に行き、一人は家のお仕事の手伝いをするといった生活です。ですが、日本では学校に行っていない子どもがいじめに逢うのに対して、村の子ども数日しか行けなくてもその時は当たり前に学校に行っている、行っていないに関わらず、みんなで一緒になって遊んでいました。こんなに豊かな国である日本がとても小さく、弱く、情けなく思いました。 また、豚小屋造りの体験もしてきました。普段日本では滅多に体験できないことなので楽しかったですが、流石に気温が高く、湿度も高いので、とても大変な作業でした。途中水分を補給しなければ、熱中症になるぐらいでした。小屋はとても簡単な造りで、ブロックとセメントで造られます。しかし、ブロックもセメントもとても簡単なもので、ブロックなんか持ち方、触り方 20年前のフィリピンの話を聞く機会もありました。20年前は今よりももっと生活水準が低く、治安も悪かったと聞きました。爆破テロなども多かったそうです。移り変わりを見てきた方が言うには、ここ最近はとても良くなってきているそうです。それも20年間ずっと諦めもせずに活動を続けてきた賜物だと思いました。 村での最後の夜にはサヨナラパーティーとして、村の人たちと一緒に夕食を食べたり、ダンスを踊ったり、楽しい時間を過ごしました。が、村の人達との会話はあまり出来ませんでした。フィリピンの公用語はタガログ語ですが、英語も同じように使われています。だから、全く話せなかったわけではないのですが、自分自身の英語が上手くなかったので、少ししか会話できずにいました。しかし、communicationはとれるものだと実感しました。そのことを一番強く実感したのは明朝でした。この日は別の場所に移動しないといけない日だったので、午前中に村の人達と「さよなら」をしないといけなかったのですが、たった三日間、しかもろくに話も出来なかったのに村の人達は、別れを悲しみ、泣いている姿を見たときです。特に、ホームステイをさせてもらって家族に、「写真を撮ろう、ハグしよう。」と言われた時です。家族とは一緒に朝、昼、晩と食事をしたのですが、そこでの会話も、少ないもので、「おいしいか」と聞かれて、「おいしい」と答えたり、「もっと食べろ」と言われて、「満腹だ」と答えたりと、そんな単純な会話と常に笑顔でいることしかしていないのに、すごく温かい「ハグ」でした。言葉は通じないけど、人と人とが繋がり合える、そんなことが出来るなんて、と、強く、とても強く感動しました。長い道のりの人生の中でとてもいい経験をしたと思っています。(SATOU) ☆『T LOVE PHILIPINES』 2007年8月23日から8月30日の一週間、フィリピンへ行きました。私はフィリピンに行くのが初めてなので緊張感と好奇心でドキドキしました。フィリピンにいるこの一週間で新しい世界を見ることができました。日本で考えられない生活を実際に体験し、たくさんの事を学ぶことができました。 初日は村に行くための移動が多く、何時間も車に乗っていて、車の中から見たフィリピンの環境はあまりよくなく、建物も多少汚れていて、十代の子ともが車がとまっている時に売り物しに来たり、お金や物を求めに来たりしました。自分の目でストリートチルドレンを見て、フィリピンの現状に驚きました。フィリピンの人と風景を6時間見ながら村に着きました。村の人々は私たちのために豪華な晩ご飯を作ってくれました。そのどれも食べたことの無いものばかりで、口まで運ぶのに少し緊張しましたが、料理はすべてとても美味しかったです。食後はそれぞれのホストファミリーの家に行き、フィリピンでの初めてのお風呂に挑戦しました。この村は基本的に豊かではないので日本みたいに浴槽が付いてなく、お湯も出ません、シャワーするのに大変苦労しました。 ![]() 二日目はまず村の小学校を見に行きました。フィリピンでは学校に行ける子どもが少ないので学校のクラスがとても少なかったです。それでもみんな一所懸命に勉強をして、学校に行けることに喜びを感じています。フィリピンの子供を見て、自分が恥ずかしいと思いました。学校に行ける環境に恵まれているのに、勉強を嫌がったり、学校に行くのがめんどうくさがったりしている自分に罪悪感を感じました。小学校の見学のあとは村の手伝いをしに行きました。みんなで力を合わせて豚小屋を作りました。セメントをつくったりして、日本で簡単に出来ない経験をして、勉強になりました。家に戻ったあとはホストマザーと今日の出来ことや日本の話やフィリピンの話をしながら夕食をとりました。 三日目は別の村の豚小屋を見に行きました。そこの豚はインフルエンザに感染して、弱っていましたが、豚を管理する人々が一緒懸命に豚を助けていました。そのあと村の戻り再び豚小屋を作るに行きました。今日は「さよならパーティー」があるので、早めに家に戻りました。夕食をとる前に、少し子供と遊んでダンスの練習を始めました。夜の七時くらいにパーティーが始まって、村のみんなで夕食を食べたり、ゲームしたり、ダンス踊ったりしました。私たちのためにいろんなことをしてくれた村のみんなが家族のようで、とても暖かかったです。明日で別れと思ったら少し寂しく思いました。 四日目はいつもより早めに起きて、ホストファミリーと写真を撮ったり、子どもたちと遊んだりしました。九時半ごろに移動しなければなりませんので、最後にみんなに挨拶して、車に乗りました。村にいたこの三日間の出来ことを振り替えながら、六時間かけてバギオに向かいました。バギオは山の上にあって、平均気温が低い場所です。今日は夕食だけ食べに行って、自分らで借りた家でゆっくり過ごしました。 五日目と六日目の昼はバギオにあるJPComの施設や養護学校や施設に通っている子供の家など見に行ったりして、夜は一緒にフィリピンに来ている仲間といろんな話をしたりしました。JPComのリハビリテーションセンターでは子どもたちに日本の歌を教えたり、一緒に鶴を折ったり、ご飯を食べたりしました。子どもたちの無邪気な笑顔がとてもキレイだと思いました。そして養護学校に行って、子どもの家に行って、いろんな人が頑張っている姿を見て、心から今までなかった感情がいっぱいになりました。この二日間は少し本当の笑顔と涙の意味を知ることができました。 ![]() 七日目は帰るためにマニラに戻り、一緒に来た仲間と晩ご飯食べに行って、その後、障害者がスタッフをしている店に行って、フィリピンでの最後の夜を過ごしました。 ![]() この一週間はいろんな人と接して、たくさんの事や新たの感情を感じることができました。村で過ごした三日間で、フィリピンの独特な文化や生活習慣、人間性などを一段と深く知ることができました。小さい子どもにキスをされたり、年上の人にハグされたり、自分の家では靴を抜かなくてもいいのに、人の家に入るとき靴を抜かないといけないとか、日本にはないバスやバイクで移動したり、短い三日間が一ヶ月のようでした。そしてバギオで体験したことはあたしにとって一生の思い出です。ただの二日間ですが、自分自身について知る事ができ、さらに自分の夢をはっきり決めることができました。フィリピンで過ごしたこの一週間は私の一生の宝物です。(張 東玲) ☆『癒されし きれいな心と 無垢な笑顔』 五感と心でフルにフィリピンを感じた一週間でした。フィリピンでのたくさん思い出を一言で言いつくすことはとてもできません。しかしあえて一番印象に残っていることを挙げるならば、それは「人々の笑顔」でしょうか。私たちは2つの村を訪れました。それぞれ全く違う個性を持つ村ですが、共通して言えるのはどちらの村の人々も、とても素敵な笑顔と温かい心をもっているところだと思います。経済的な問題や、生まれつき負ってしまった障害など、さまざま問題をかかえながらも、それに負けることなくたくましく生きる姿、そして人へのやさしさ忘れない人々の強さに強く心を打たれました。今後も何かの形で彼らとかかわっていければと思っています。(Y.M 女子大学生) ☆『フィリピンのこと』 フィリピンに行って楽しかった。楽しかったのは、フィリピンでお友だちができたし、おいしいおりょうりが食べれたから。お友だちは"エリカ"っていう5才の女の子。けん玉をしたり、おいかけっこをした。豚の丸やきを見た!かわいそうと思ったけど、食べてみたらおいしかった。パーティーの時、スプーンを口にくわえてカラマンシー(すだち)をのせておとさないようにはこぶゲームをしたり、ダンスもやった。さみしくなったときもあったけど、だいじょうぶだったよ!(9才の女の子) ☆『初めてのフィリピン』 私にとって、今回のスタディツアーを通して体験したこと、感じたこと、出会ったたくさんの人たちのことは、これから生きていくうえで大きな大きなタカラモノになりました。特に、マグパパラヤオ村の人たちとの交流は忘れがたいもので、村を去るときは寂しくてしかたがありませんでした。最初は、つたない英語でうまくコミュニケーションがとれるのかと不安に思う面もありましたが、そんなこと全く関係ないということを実感しました。言葉で表さなくても、私がここに「いる」、それだけでいいんだ、伝わるものがあるんだ!ということを村の人たちは教えてくれました。彼らのこれでもかっていうくらいのhospitalityは本当に嬉しかったし、そこから多くのことを学びました。このようなフィリピンの人のあたたかさや、自然の美しさを体感した一方で、都市部のスラムや物乞いをする子どもたちの姿を目の当たりにし、フィリピンという国についてもっともっと知りたいという思いがより強いものになりました。これからもずっと、フィリピンのこと、日本のことを考え続け、そしてまた行動していきたいと思います。(Y.C) ☆『温かい 心にとろけ ゆるむ顔』 | ||